国道を通る車の振動で
ガラス戸がガタガタゆれる
77歳になるオフネ婆ちゃんは
花に囲まれカバのような
体をゆすって笑う
いつもの口癖は
いまがいちばんええ
去年の暮に脳梗塞でたおれ
ろれつの回らぬその舌で
いつも笑顔を絶やさずに
話を締めくくる言葉は
いまがいちばんええ
奥の仏壇から漂ってくる
線香の香りと
それぞれの花の香りが
絡まりあつて
カバのような
体を包み込む
いまがいちばんええ
誰もいなくなった
仕事場を古い箒ではきながら
古い演歌を口ずさむ
ひとしきり歌い終わったあとで
いつも最後につぶやく言葉は
いまがいちばんええ
旦那とは若くに死に別れ
女手一つで花屋をはじめ
二人の子供を育てあげた
大学まで行かせた長男は
長患いの末に三年前に
死んでしまった
今は家業は娘夫婦に任せ
皆が配達に出たあと
店番をしている
どんな哀しい時でも
ひとしきり泣いたあとは
笑顔を忘れない
つぶやく言葉は
いまがいちばんええ
いまがいちばんええ
いまがいちばんええ
麻痺した左足をさすりながら
年老いた猫に向かって
せけんばなし
思い出ばなし
熱いほうじ茶を
一口すすって
つぶやく言葉は
いまがいちばんええ
いまがいちばんええ
幼い日に祖母がつぶやいてた言葉
それがいつしか口癖になった
いまがいちばんええ
いまがいちばんええ
今はもうオフネ婆ちゃんは
いないけれど
仏壇に飾られた笑顔の遺影を
見るたびに思い出す
カバのような体と
あの笑い顔
聞こえてくるのは
いまがいちばんええ
いまがいちばんええ
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