灰色のロバ

地球が宙に浮いていること 誰もがそれを忘れている それでも時折不安になる

問わず語り

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大日本帝国が消滅した日
開拓団は暴徒と化した満人の夥しい群れに襲われた
屈強な男たち皆招集され老人と女子供しかいなかった
団長の末若い身重の嫁は井戸へ身を投げた
配られた青酸カリや短刀で自害するものもいた
生き残ったものは散々略奪され暴行された挙句に
着の身着のままで極寒の中を家を追われた
幼い子を連れたボロボロの集団に今度はソ連兵が襲いかかった
飢えと寒さと絶望で毎日毎日悲しむ間もないほど人が死んだ
幼い弟を亡くし父を亡くし祖父母を亡くしてやっとの思いで母と二人
内地に辿りついた 
今でも朝起きた時と床に着く前は西に向かって手を合わせると
老人はそれだけ言って激しく咳き込むと目を閉じた
暖房の利いた病室でテレビでは東北大震災の追悼番組をやっていた
ぼくは清潔なリノリュウムの床を見ていた 何故だろう?
相変わらずぼくたちは逃げ続けているような気がした
木を降りて森を出た時から 否 海を出て陸に揚がった時から
否 一個の細胞として分裂を始めた時から 
ぼくたちはずっと不安定な状況の上に乗っているのだ 

そのことを忘れまい そして忘れたふりをしよう
漠然した言葉がぬるぬるした生き物のように喉から滑り出たのだった

ベットの上の老人はまるで死体のように微動だにしなかった


※ 写真は朝日新聞アーカイブよりお借りしました。