灰色のロバ

地球が宙に浮いていること 誰もがそれを忘れている それでも時折不安になる

今日からボクは 4

 ぼくの仕事というのは一口でいえば野菜の仕分けと配達という事になる
毎朝ひと月1万円で借りたおんぼろアパートを5時半におんぼろ自転車に乗って出発する
会社までは20分5キロほどの距離だ
会社に着くと隣町の青果市場に出発する前にやっておかなければならない仕事がある
ゴミ出しや夜の間に来たファックスの整理 ボートが開催してる時には途中そこの食堂への配達の品物を揃えて伝票を打ってトラックに積み込む 黒さんはボクより早く来ているが全てボクに任せて新聞を読んでいる
6時20分までには全て出発の用意は出来てボクは黒さんに報告に行く
「よし それじゃ行きますか」ボクは黒さんの誘導で倉庫からトラックを出し朝日を浴びて輝いてる道をジーゼルエンジンの音をこだまして出発する
6時台の道路はまだ空いている どの車も元気よく飛ばしている
途中ボートレース場に寄って行く ゲートで再度ウインドウを開け通行証を見せ中へ入る
ボクはトラックを止め黒さんに伝票を貰って品物を台車に載せ食堂まで運ぶ
それが済むと一路隣町の青果市場を目指す
7時を過ぎると車の台数が急に増えてあちこちで渋滞が始まる
ボクはこの1か月でようやくマニュアルの運転に慣れた 慣れるとトラックの運転は視界が高いだけに気持ちがいい少々渋滞しても先が見通せるのでイライラする事もない
カーラジオがその日の天気やニュースを事細かに教えてくれる これから通る道の交通情報も30分おきに流れる 何かを聞けば黒さんは自分の考えを話してくれる 自分の方からあれこれ言う事はない もう二か月になるというのにボクはまだ結婚してるのかとさえ聞かれていない ちょっと寂しい気もするがそれはそれで気楽でいい
市場に近づくにつれて人と車の往来が増える 大通りのいつもの場所にトラックを止めると黒さんは仲買に挨拶に行って空いているリフトを廻して貰う ボクはその間にトラックの荷台に上がりパレットを積み上げたりシートを運転席の上に載せたりして荷を積む準備をする
傍らを荷を満載にした10トントラックやリフトや電動カーゴがひっきりなしに往来する
その合間を縫って頭に数字の入った競り帽子をかぶった人たちが行き過ぎる
市場の中からざわめきが聞こえてくる 7時になると場内アナウンスが競りの開始を知らせる
やがて車の間を縫うようにして茶色の段ボール箱を満載したパレットを二つの爪で持ち上げたまま黒さんの運転するリフトがゆっくりと近寄ってくる ボクはトラックの荷台に立って両手を使って誘導する
一つ目の荷物はキャベツだった それを積み終えると黒さんはゆっくりとリフトを降りて行った
「どうだい 代わってみるかい?」「エーッ 無理無理」「やればできるよ リフト運転したことあるんだろう?」「ありますけど まじですか?」「いつまでも助手ってわけにもいかんだろう 来月には私は
新しい支店の方に移るんだからね」ボクはしぶしぶリフトの運転席に跨った 経験といえば前の会社でプラッターと呼ばれる 立って運転するリフトに乗った事がある その時は物流と呼ばれる部門にいたので
トラックに荷物を積んだりもした でも座って動かすリフトの経験はあまりない 何よりボクが尻込みしたのは それ専用に作られたプラットホームでの出庫作業に比べるとここは色んな意味で危険が多い
場内を行き来する競りに参加する買参人たち トラックを停めた道路を行き交う車 どれをとっても一つ間違えば大事故につながる でもそんな事も言ってられないのだ 黒さんがいる間にボクは曲りなりにでも独りで今の仕事ができるようになっておかないと会社もボクを雇った意味がないのだ
ボクはリフトのハンドルを操作しながら 昨夜の妻の受話器の向こう側の声を思いだしていた
「あなた 頑張ってね! また四人で暮らせる日が来る事を夢見てるわ」