灰色のロバ

地球が宙に浮いていること 誰もがそれを忘れている それでも時折不安になる

今日からボクは 5

 考えてみればこの会社も変わっている
従業員は5人なのか7人なのか定かでない。というのはそのほとんどが兼業しているのだ
年老いた女社長にしてからが本業のほかに夜は手料理を出す 居酒屋を経営してる
クータと呼ばれる賑やかなおじさんは他人の家に出来た果物や野菜を市場に出す事が副業だし
モアイさんと呼ばれる中年の男もメダカを養殖して売ったり 弦で編んだかごなどをフリースペースに並べたりしている
社長より20歳下の旦那はいい男なのだが、困った事にひょろひょろのお宅系で事務や経理をするのが精いっぱいで重さ10キロのキャベツの箱を抱えてはふらふら息をあげている
「あたいには力仕事はやっぱり向いてないわ」などとおかま言葉でニンマリ笑う
それと正反対に忙しいときだけ社長が呼んでくる窪田の爺は年は90に近いのに足腰もしゃんとして平気で力仕事をこなす
「若い時から炭堀で鍛えこんどるからのう ちっとやそっとではけつわらせんよ」と前歯のない口で笑う
中心で実際に会社を切り盛りしてるのは黒さんで彼は専従だ
採用の時の話では黒さんが新しい支店に赴任する事になりボクには現在黒さんがやっている仕事をやってもらいたいとのことだった まだボクには話が全然見えてこないけどどうやら隣町に支店が出来るようだ
「中学の給食が始まるからな」皆口を合わせてそう言うのだ

その日は朝からひどい雨でワイパーを最強にしてもフロントガラスが滝のなかのようになって視界が遮られいつもよりスピードを落として運転していた
「よく降るなあ~」そういって黒さんは平然としている
「大丈夫ですか…」「何が?」「積み込みですよいつもの露天で積み込むんでしょう?荷が濡れるのでは」「ああそれか 心配ないよ人間は濡れても野菜にはラップを巻くからな」
市場に着くと黒さんは座席の後ろから黒いバックを取り出した
「これ持って現場に行ってな リフト持ってくるからな」
程なくラップの正体がわかった それは幅50センチほどの薄いビニールを筒状に巻いたものだった
それぞれのパレットの積み荷を形よく積みなおすと黒さんはそのチューブを慣れた手つきで下から巻き付けていった チューブチューブユウチューブポルノチューブに禿げチューブ 等とわけのわからない事を
ブツブツ言いながら黒さんはラップしてゆく トップにはバックから取りだしたブルーシートを切った奴をかぶせてゴムバンドで止めてゆく「ほれしてみろよ!」最後のひとパレを指差して黒さんはボクにチューブを渡した 傍で見ているのと実際やってみるのは大違いでボクは悪戦苦闘しながら何メートルものラップを無駄にした それが終わるとボクは雨の中をトラックの荷台に駆けて行った
たちまちパンツの中までずぶぬれになる 滝のような雨の中をパレットを抱えた黒さんのリフトがゆっくりと場内の入り口から出てくる ボクは身を竦めながらそれを待った
黒さんのリフトは水しぶきを上げながら今はもう川となった道路を進んでくる 雨は一層激しさを増して
ボクの肩や背は安物の合羽を貫通してシャワーを浴びたように雨水が肌を伝う
トラックの真横まで来ると黒さんはボクの予想を裏切って荷台の一番後ろにそのパレットを積んだ
馬鈴薯の10組△60ケース高さ1m60センチ程の四角い塊を最後尾に積み込むとリフトを降りた黒さんは運転席の上に積んであったシートを広げて荷台の前部にあるアングルから最後尾の今積んだパレットを覆って一番後ろのフックまで張って屋根を作りテントのようにした 途中から黒さんの意図する所がボクにも理解できた その後次々に運んできたパレットを前から順にシートの下に押し込んでなんとか全部の荷を積む事が出来た 「やりましたね 凄い 凄いですよ黒さん」「別に凄くはないよ 漁師でも百姓でも自然を相手の職業ならこのくらいは当り前の事だよ」「……」「場数を踏めばお前さんにも出来るようになるよ…つうか するより仕方なくなるよ でもこの仕事で本当に怖ろしいのは雨よりも雪だからね」「雪!?」「ああ 雪はなかなか手ごわいぞ」 雪というイメージがボクの頭の中ではどうしても怖ろしいというイメージと結びつかなかった 車内でぐしよ濡れの体を暖かい缶コーヒーで暖めながら(黒さんがいなくなったあとボクは独りでうまくやっていけるのだろうか)と考えていた 
次第に雪のような不安がボクの心の中を真っ白に埋めつくすのだった