灰色のロバ

地球が宙に浮いていること 誰もがそれを忘れている それでも時折不安になる

メッセージ

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私の職業は変わっている
 
この日もようやく探し当てたボロアパートの階段を上がってゆく
1k風呂なし 共同トイレという絵にかいたようなボロアパート
今日はここの住人の一人に用があるのだ
 
澤田美香子 ドアの上に張り付けた紙に鉛筆でそう書いてある
 
コンコン
ごめん下さい
…どちらさまで…
ややあって小さな声がする
あっ私怪しい者ではありません
ラストメッセンジャーと申しまして
澤田美香子様にある方からメッセージを預かっております
しばらく逡巡したのちにドアは開かれた
中にはアッパッパーを纏った白髪の老婆がスッピンで立っていた
垣間見る部屋の中は質素ながらもきちんと整頓されている
頭を低くして満面に笑みを湛え丁寧に事情を説明する
澤田美香子さんご本人でいらっしゃいますか?
あのう実は大田あきら様から貴方様にラストメッセージを預かってきております。
依頼主の名前を聞いた途端老婆の顔は険しく歪んだ
 
依頼主はこの女性の元の旦那で今はホスピスに入所している
かってこの女性と暮らしさんざん苦しめた事を心の底から後悔している
残り幾許もない今の境遇となっては手遅れかもしれないが、ただ一言苦しめて悪かったと伝えてほしい 
そういう内容を炬燵の暖かさのようにじんわりと穏やかに説明してゆく 依頼主が澤田美香子の名前で長年かけて積み立てた通帳を渡すと、いつもの例に洩れず老婆の嗚咽は号泣に変わった
どうかあきら氏の最後の願いを広い心で受け止めてあげて下さい
老婆の手をとり通帳と印鑑を握らせて部屋を後にする
 
心地よい職業的満足感が心を満たす
この瞬間が好きだ 生き馬の目を抜くこの世でも人間の良心は確実にある
 
 
ちょいと おまち!
部屋を出ようとした私は老婆に声を掛けられた
実は私も詫びを伝えてほしい男がおりますのや・・・
……。