灰色のロバ

地球が宙に浮いていること 誰もがそれを忘れている それでも時折不安になる

二人

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ぼくたちの場合母が偉かったのか馬鹿だったのか
でも母のせいで数奇な運命を辿ったことは間違いない
ぼくらは一卵性双生児だったが、戸籍は一つしかない
法律上はつまり二人で一人なのだ
何故母がそんなことをしたのかは今となっては知る由もない
とにかくこの世に生れ出たときから
ぼくらは二人で時川英二という名前を共有してきた
姿かたちから声まで全くぼくらは瓜二つだったから
誰一人ぼくらが二人いる事に気がつかなかった
母親は旧家の一人娘でぼくたちは私生児だったから
大きなお屋敷の中で秘密は固く守られた
幼稚園や学校には交代で通った
二十歳を過ぎて母親が亡くなった後も
ぼくらはその状態を続けた
恋人が出来た時も交代でデートした
あまりにもぼくらが似ていたのと緻密なコミュニケーションのお陰で
ぼくらは二人で一つの会社に勤め一人の女性と結婚した
ぼくらは二人で交代して夫や父親の役を演じそれを見事にこなした
考えてみればいつもスペアがいるわけで、ぼくらの人生には余裕があった
ぼくらには母が残した多少の財産もあったしそのお金で町中にアパートを建て
非番の方のぼくがその一室で大家として暮らした
困ったのは外国へは一人でしか行けない事だった
そんな時はどちらが行くのかじゃんけんで決めたりした
二人で愛した妻は騙されたまま十年前に死んだ
子どもたちは二人とも外国に住んでいる
 
いまぼくはこの病院でもう一人のぼくを見舞っている
いまぼくはベットにねてもう一人のぼくに見舞われている
「やあこんなことになってすまないね」
「何を言うんだいぼくの方こそ交代してやれなくて申し訳ない」
片方のぼくは癌だった 余命いくばくもない
ぼくたちは二人手を取り合ってさめざめと泣いた
「考えてみればぼくたちの人生て一体何だったんだろうね」
「そうだね死ぬ時ばかりは別々だったね」
「君のいない人生なんて考えた事もないよ」
「ぼくだって君を残して旅立つなんて酷すぎるよ」

昨日ぼくはもう一人のぼくの葬儀を済ませた
といってもぼく一人で行った究極の密葬だ
ぼくたちはこんな事態になった時のこともよく話しあっていた
つまりどちらかが先に亡くなれば
残った方が時川英二として生き続ける
幾分心細いけど
今日からはぼくの本当に人生が始まる様な気がした
でもぼくはいったいどっちのぼくなんだ
ぼくにも分からない…