灰色のロバ

地球が宙に浮いていること 誰もがそれを忘れている それでも時折不安になる

父の命日



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父は都合が悪くなると
どこかに二三日いなくなった
それでもいつの間にかにこにこ笑いながら帰ってきた
万事にキレのある母は小学生の時に亡くなった

幼い三人の子供を抱えて
散々苦労した挙句
父は再婚した
多分 十代のぼくには
父はひどくつまらない男に見えた
父はいつも本音で生きていて
格好をつけたり見栄を張ったり
そんなこととは無縁の男だった
それでも継母と子供がうまくいかなくなると
父はぼくらの為に離婚した

二十代のぼくにも
父はひどく頼りなく思えた
いつもニコニコ笑って
広告をこよりのように丸めて
籠や壷を作っていた
酒が好きで酔うと鶏が首を絞められたような声で
ところかまわず歌った
囲碁や菊作りに凝っていた
新婚さんとのど自慢は必ず観た
ぼくが三十になった時
父は倒れた

三十代のぼくには
父はただの厄介者だった
右半身麻痺で言葉も話せなかったが
不自由な体で町に出てはよくトラブルを起こした
遠くの警察署まで迎えに行くと
父はかしこまって座っており
それでも父は笑っていた

父が亡くなったのは
ぼくが三十九の時だった
ちょっと目を離した隙に
浴槽で溺れていた
救急車が来るまでの間
必死で父の口に息を吹き込んだ
父の死に顔は笑っているように見えた

この歳になって
父の凄さが
少しずつ分かってきた
父はシベリアに3年抑留されていた
ひそかに赤旗を読んでいた
父の足には酷い火傷のあとがあった
溶鉱炉の事故で溶けた銑鉄を浴びたのだ

文学全集は全部読んでいた
値切る事と無駄遣いが一番嫌いだった
高い物を定価で買った
にもかかわらず僕たち三人にまとまったお金を残してくれた

偉そうな事は一切なく
怒った顔もあまり記憶にない
周りの人皆にユーモラスなあだなをつけて
いつもニコニコ笑っていた
威厳やプライドとは程遠い人だった

父が死んでずいぶんたって
北の国からの吾郎のように
格好悪いが偽りのない生き方が
凄い事だと思えるようになった

尊敬という言葉を
父に向かっていう事は出来なかったけど
少しずつ父を尊敬し始めている自分に気づく
そして心の中には
在りし日の父の笑顔が蘇る
大切なぼくのたった一人の父