灰色のロバ

地球が宙に浮いていること 誰もがそれを忘れている それでも時折不安になる

髭のないサンタ


 源蔵はディスカウントショップの通路を歩いていた。

夕暮れ時
外は時雨ていて広い店内は閑散としていた。

源蔵が来たのは十年来使っているテレビの調子が悪く
掘り出し物でもあればこの際買い換えようかと思ったからだった。

もう何年も独り暮らしの源蔵にはテレビは唯一の娯楽だった。
テレビはええのぉ 僅かな電気代で一日中楽しめる。
源蔵にとってテレビは第二の金のかからぬ友達だった。
そんなテレビがこのところ半年くらい映ったり映らなかったりと調子が悪くなって
しぶしぶ買い換える気になったのだった

レジの前の通路を家電コーナーへ向かって歩いていると中央に置かれたワゴンの張り紙が目にとまった。

最終見切り価格!

立ちどまって覗くとそれは真っ赤なサンタの服のセットだった。
イメージ 1

ワゴンの中には後3つ残っていた。
張り重ねた値札シールの一番上は 300円 となっている。

ふん!物好きな輩もいるもんだ。

小声で吐き捨てる様に言うと、源蔵は奥の家電コーナーへ向かった。
陳列してあるテレビはボーナス特価とベタベタと貼り紙してあるものの、どれもケチな源蔵には高すぎた。
なにが書いてあるのか黒い手帳を見ながら呟く

ちっ!仕方がないわい
また電気屋の野口に言って程度のいい下取り品をただで貰うとするか…。

実は今のテレビも十年くらい前にそうやってタダでもらったものだった。
野口の非難する様な顔が頭に浮かんだ
金持ってるんだから たまには買ったらどうなんだい

源蔵は決して貧しい訳ではない・・・いやむしろどちらかと言えば豊なほうだった。
長年勤めあげた小役人の退職金と年金それに親が残したアパートも源蔵の名義だった。
吝嗇なのは持って生まれた資質だった。

源蔵にとって第一の友達はお金だった

その為に長年連れ添った女房を癌でなくした後、周囲から散々非難された。
何故治療費をケチるのよとか、そもそも何故がん保険にはいってなかったのかとか
そんな周囲の非難を知ってか知らずか妻の千代は亡くなる前に真っすぐに源蔵を見てこう言った

あなたは本当は優しい人なのよ いつかそれを思い出してね

源蔵のケチケチした性格を嫌って、それぞれに家庭を持った三人の子供たちは誰も寄りつこうとさえしなかった。
つきあいなんぞ煩わしいわい 金も減らんでちょうどいいわい


何も買わずにレジの前の通路まで来ると、先程のワゴンが目にとまった。

見苦しく太ったまだ若い女の店員がワゴンを押してどこかに片付けようとしていた。

その後ろ姿の雰囲気がどことなく亡くなった妻の千代に似ていた

見ると籠の中にはまだ一つ残っている。

あのう ・・・思わず源蔵は声を掛けていた

何か?

その一つ残ったのは・・・?

ああこれですか これは袋が破れてて 

ほら誰かが髭だけを持って行ってるんですよ

そう言って店員はにこりと笑った(ますます千代ににとるわい・・・)

あのう もしよければ それをわしに売って下さらんか

そう言ってしまったあと 思わず源蔵は自分の耳を疑った(ちっ!なんでこんなことに・・・)

えっ!すいませんお客さんちょっと待って下さい 私アルバイトなもんで上のものに指示を仰いできますんで



暫くして店員は戻って来た

お待たせしました

これでよければどうぞ差し上げますんで持っていってください。

それだけ言うと 店員はペコリと頭を下げて笑った


ハハハ タダとは 思わぬ拾いものをしたもんじゃ

ジャンバーの上から羽織ればなかなか暖かいわい

車に乗った源蔵はサンタの服を身に付けて一人で悦に入っている

それにしてのあの女千代に良く似ていたな・・・

不思議な事もあるもんじゃ


わあ~

ママ ママ見て見て 車の中に

ほらサンタさんだよ


チッ!あっち行け あっちいけ


ママ ほら サンタさんがおいでおいでってしてるよ

どこ どこ まあほんと優しそうなサンタさんね

はあ どうも~

源蔵思わず笑ってごまかす


サンタさんは クリスマスが近いから忙しいのよ

沢山プレゼント用意したりするでしょ


そうかサンタさん頑張ってね またね


ああ またねイブの夜に行くからね

わしとした事が

よりによってこんな言葉がわしの口から出るなんて 

なんと無様な・・・

人にタダで物を配るサンタクロースなんざ全くわしの主義に反する




しかし・・・あの子供の真っすぐな瞳に見つめられた時のあの何とも言えないこそばゆい様な気持

あの目は誰かの眼に似ている・・・えーと・・・

おおそうじゃ あれはあんときの妻の千代の眼じゃ・・・・

あなたは本当は優しい人なのよ いつか思い出してね

妻の最後の言葉が心の中に甦る


こうしてみるとサンタてぇのもなかなかええもんじゃな





その年のクリスマスイブの夜

何十年振りかのホワイトクリスマス


しんしんと雪が降り積もる中を大きな袋を抱えた新米のサンタが独り

時折黒い手帳を見ながら

その年に癌で親を亡くした子供たちにプレゼントを配っていた


そして


雪で白くなったそのサンタの顔には

髭が・・・なかった