灰色のロバ

地球が宙に浮いていること 誰もがそれを忘れている それでも時折不安になる

いのしし

土曜日の午後だった。

郁夫は仕事で車を走らせていた。

城山トンネルの手前で前を走る車が次々に減速するのに気付いた。

センターラインの際に落下物でもあるのか・・・

視界が開けて、それが横たわった獣である事がわかった。

左にハンドルを切って通過するときにそれがイノシシである事がわかった。

体長が1mを少し超えるくらいの毛並みの綺麗なイノシシだ。

チラリと見た感じでは体にも口元にも血の跡はない安らかに目を閉じた様はまるで

寝ているようだ。


脇を通り過ぎる時一瞬(停まろうか!?)という思いが心を過ぎった


あれは3年前だったか ここからそう遠くない峠道の頂上付近でイノシシの子供が死


んでいるのに遭遇した事があった。

そこは交通量の疎らな道路だったので車を路肩に止めて写真を撮り、手を合わせて


冥福をいのった。


持ち帰った写真を顔なじみの車の修理工場にオヤジに見せると


何で持って帰らんやったん勿体ない・・・と意外な反応をされたのだ


幼いころに観たアメリカのテレビドラマ「じゃじゃ馬億万長者」の中でも主人公の一家


が田舎からビバリーヒルズに引っ越して来る途中で路上に転がる動物の死体を宝物


を見つけた時のように喜んで車に積んでゆくシーンがあった。


おれも逞しくなったものだ


郁夫は思わず含み笑いをした


あれを目を背ける遺体ではなく、道に転がる獲物に見えた事が可笑しかったのだ



いつかの正月 社長の家でだされたイノシシの肉のすき焼きの味を思い出した


肉は赤身と脂身が綺麗に別れていて食べるとあっさりしてなかなか美味かった。


先程の倒れていたイノシシの姿が目に浮かんだ


90k位ありそうだ・・・いったいどの位肉が取れるのだろう


今ならまだ間に合う・・・








バイパスが3号線に合流するあたりで小雪が舞い出した

「あっもしもし城山トンネルの向こうに大きなイノシシが1頭…」


「それがね 今法事の最中なんよ・・・」

修理工場の社長は声を潜めてそう言いい電話を切った。


チェッ!舌打ちをして郁夫は車をUターンさせた。


………・・・・。


オマエなんかいなくたって独りで何でもできるさ・・ハハハ


手にはずっしりとした毛の感触がまだ残っていた

まだ生あったかかったな フフフ


正月はしし鍋だな へへへ


バ~~~ン!!!!



その時突然シート越しに衝撃を受けた 


えっ追突か・・・ミラー越しに見るけど車の姿はない


バ~~~~ン!!!


再び衝撃


振り返るとそいつの赤い目と視線が合った


荷室の後ろにいつの間にか死んだはずのイノシシが獰猛な目でこちらを睨んでいる


足を踏みならして牙を下げ今にも三度目の突進に移らんとしている


う・うそやろ~


一瞬に全身の血の気が引いた。