灰色のロバ

地球が宙に浮いていること 誰もがそれを忘れている それでも時折不安になる

しらふでシュラフ その2

 次の日夜が明けるとぼくは自分の家に行ってみた
正確にはもうボクの家ではないのだけれど いやもともとうんざりするようなローンを抱えていたので正確にはボクの家ではなかったのだけれど…
垣根越しに見る庭にはボクの植えたレモンとゆずが黄色い実を一つづつ付けていた
玄関には売り屋の広告が貼られている
この家で暮らした十年間が遠い世界の夢物語のように今は感じられた
朔太郎のお古の三輪車が雨ざらしになって庭の片隅にある
借金の督促状の束が郵便受けから溢れて辺りに散乱している
すべてがぼくの残骸だった
ぼくは追い詰められた蟹がそうするようにあらゆる足や手をばら撒きながらどうにか逃げおおせたのだ
その中には妻と二人の子も含まれている
「あら あんた中里さんじゃないの!」ふいに背後から声を掛けられた 隣のおばさんだ 拙い!
振り切って逃げようとするぼくに言葉が追いつく
「ちょっと待ちなさい!あんたんちの犬預かってるのよ」
(ペコ!?何故ペコが知人に引き取ってもらったはずなのに…)
ぼくの足は止まった
それを見ておばさんは急いで自分の家に入っていった
やがてペコを連れて駆け出てきた ペコはぼくを見つけて千切れんばかりに胴を振り大口を開けてヒイヒイ鼻を鳴らしている
「破産や倒産は人間の世界の事で犬には何の落ち度もないのよ!」ぼくを睨みつける
フン!とぼくの手に赤い引き綱を渡すと踵を返して自分のうちに戻っていった
「全くもうえらい迷惑だわ!」ペコの熱い抱擁とベロベロを受けているぼくにそんな捨て台詞を残して

暮れから正月にかけてのゴタゴタはそれだけで一つの短編が出来るほどだ
べこを連れて帰った日にぼくは全財産とモバイルと携帯の入ったザックを盗まれた
現金はまだしもモバイルを失くしたことが応えた
ぼくは書く術を失くしてしまったのだ
腹をすかせたボクとペコは寒波の中街角のホームレス支援のカンパをしているボランティアに事情を話して救いを求めた
彼等はぼくを横代にあるホームレス自立支援センターに入れてくれた
ペコも一緒だよ 本当は規則違反なんだけどペコは明日ボランティアの足立さんが暫くの間家に連れて帰ってくれる
ぼくはそこで二週間ぶりにシャワーを浴び風呂に浸かった 
支給された下着と衣服に着替えてそして他の収容者と一緒に紅白を観て年を越した
そのあと許可を取り皆で近くの神社にお参りに出かけた
あげるお賽銭は僅かだったけどぼく等の祈願がたぶん一番真摯で謙虚であったと思う

ぼくはパソコンが少し扱えたのでセンターの仕事を少し手伝っている
そしてこうやって係員の目を盗んでブログの更新をしている
新しい年はまだ始まったばかりで今のボクにはそれがどういう年なのか皆目見当が付かない

年が改まると市会議員や県会議員が来てマスコミの前でこの国の現状を憂えた
インタビュアーがぼくにもマイクを向けた
「いま一番困っている事は何ですか?」
「……それはブログが更新できない事です…」
当然のことながら本番ではぼくの発言はカットされていた
どこに流されてゆくのか分からないけれど
今はこの流れに身を任せるしかない…。(了)




ブログ村にて他のブログと激戦中
是非とも援軍をクリックして送ってね↓
[https://novel.blogmura.com/ にほんブログ村 小説ブログ 短編小説部門