灰色のロバ

地球が宙に浮いていること 誰もがそれを忘れている それでも時折不安になる

しらふでシュラフ

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 H緑地公園へ行ってみた
河口に面した河原に真新しいブルーシートハウスがポツポツと立っている
その一つを眺めているとひげ面の男が声を掛けてきた
「お兄さん こういったのをお探しですか?」
「え!?……まあ」
「どうですちょっと見てみませんか?早い者勝ちですよ」
糠原の話は本当だったのだ
彼はホームレスの世界にも不動産屋が存在するといっていた
彼はK海浜公園で新しいブルーシートハウス一式をひと月3000円で借りているらしい

 早い者勝ちという言葉にせかされて彼について一つのハウスを見学した
床はパレットの上に段ボールを敷いてあり周囲はやはり段ボールをシートで囲ってある
四隅には木の柱が立っていて屋根は発泡スチロールで葺いてある
「どう?ここは公園のトイレも近いし釣りも出来るから最適だよ」
「マジすか?これいくらすか?」
半年分先払いで敷金権利金なしの二万円、オプションで寝袋とカセットコンロも付けられるよ
「ひゃ~~~まじっすか おじさん元不動産屋さんかなんかでしょう?」
「寝袋もさあ いろいろ種類あっからよ!よかったら見ときなよこれも早い者勝ち!」

 結局ハウスと寝袋とコンロを半年三万円で借りた
「あっ それからよ組合にも入ってもらうよ これは組費とかはなしだけど当番があるよ」
「当番?」
「ああ 誰かの言葉にあったでしょ 組織なき者は敗れ去る マルクスだったかなバーナード・ショウだったかな…巡回当番 皆鍵とかないからね当番の日は公園のあの場所で見張ってるんだよ 朝の八時から
夕方五時まで」
「その他なんでもいるものがあったら相談に来て仕事以外は何でも揃ってるからね」
「あっ あのう携帯を充電とかは無理ですよね…」
「無理じゃないよ そういうと思って持って来たんだ ほれこういう奴」
男がポケットから出して見せたのは手回しで発電できるライトにラジオと携帯の充電器が付いたサバイバル用品だった
「これ いるだろ千円でいいよ携帯はいるからね ここの住人も皆持ってるよ」
「それ も もらいます」
車を売った金で必要なものを全部揃えると手元に三万円残った
男に言われるままに隣組への挨拶にカップめんを買って男と一緒に一つづつ配った
本名でなくていいと言ったのでぼくは今日から哲(てつ)と名乗った
人生七転び八起きだ
落ちるところまで落ちたのだからこれからは上がる事を信じて生きてゆこう
そうやってぼくのホームレス生活は始まった

第一夜
今までの何不自由ない自宅での生活に比べてここはあまりにもひどかった
これが二泊三日のキャンプなら楽しむゆとりもあったかもしれないがボクの場合ここ以外に行くところはもうないのだ その事が全てをリアルに深刻に変える
服を着たままシュラフに入っても寒さは容赦なく襲ってくる
会長に言われたとおりキャップを取れば燗が付くお酒を買って食事代わりの唐揚げをつまみながらちびちび飲んだのだが寒くて夜半過ぎに目が覚めてしまった
手回しの発電機を回してラジオを聞つけても何も耳に入らない 
ただただ自分の不運さと迂闊さをじくじくと後悔するばかり
吐く息は白い零度近くまで気温は下がっている さむ~い
夜が明けたら会長に言って寝袋を高いのに変えてもらおう 多少の出費は仕方ない
それと皆がどのようにして生計を立てているのか聞いてみよう

 [慣れないうちは夜は冷えるし滅入るからな、昼間寝て夜は働くんだ 働いてれば凍え死ぬことはないからな」トイレで遇った会長は濡れたタオルで体をゴシゴシ拭きながらそう言って笑った
「働くってみんなどんなことしてるんですか?」
「空き缶集め ただしこれは今は金にならんひと晩働いても500円になるかどうか…他は皆自分で考えていろいろやってる ただしこれは人には教えられん競争相手が増えるととたん実入りが減るからな」
そう言って笑った会長の体はスリムでしなやかで冷水のタオルで擦った跡が赤く朝日を浴びて輝いて見えた
ボクの視線に気づいて会長は行った
「ところであんたなんか持病はあるかね?」
「はあ…血糖値が高くて糖尿病予備軍なんです」
「そりゃよかった 糖尿病は大体ひと月ぐらいで皆治るな」
「マジすか!?」
「ああ 高血圧も肥満も大体治るな 何しろここは究極のシンプルライフだからな」
「ただし喘息や皮膚病はひどくなるぞ あれは精神がいくらか関係してるからな」
「心の健康を取り戻すのは大体半年はかかるな その頃にはここの暮らしもなかなか良いとおもえるようになるよ ハハハ」

 顔を洗った後で会長に教わった通りに 二キロほど離れたTスーパーに朝食を買いに出かけた
トボトボと歩いてゆくボクを何台もの通勤の車が猛スピードで追い抜いてゆく
中学の時授業を抜け出した事を思い出した あの時に感じた疎外感が今心に蘇る
ボクは自然と目を伏せ背を丸めてトボトボと歩いた
目的のスーパーは24時間スーパーだ
教わった通りに半額になったパンと総菜を買った
どこかで働かなくてはこのままでは所持金がどんどん減ってしまう
皆どんな仕事をしているのだろう?

 御日様とはよく行ったものだ 太陽の光は金持ちにもホームレスにも遍く行きわたる
そして日の光はあらゆるものを暖めるのだ
昼と夜ではそもそも世界の組成が違って見える
ぬくぬくとした家をなくした今 人々が最初二神論に染まったのもわかるような気がする
満たされた腹でトボトボと歩きながらそんな事を考える
思えば胃袋の状態でも人の思考というのは変化してしまう
為政者がまずなすべきことは 衣食なんだな 衣食足りて礼節を知る…
コンビニの前を通りかかると夕べ挨拶したゴンさんとおぼしき人がゴミ箱から何かを抜きとるのが見えた
「おはようございます!」
追いついて後ろから声をかけると 怪訝な顔で振り返った
「……」
「ほら ぼくですよ夕べ会長と挨拶に伺った」
「ああ」
誰だか判ったのか ゴンさんの顔から険が取れた その手には真新しい新聞が握られている
「ああ これか コンビニのゴミ箱は宝の山なんだよ 新聞でも週刊誌でもなんでもある」
そう言われて見ればボクだってこうなる前はあそこに何でも捨てていたような気がする
「君…確か哲さんだったかな」
「そうです覚えていてくれたんですね」
「君は今日は暇ですか?」
「ああ~は はい」
「それじゃ私に付き合ってもらえませんか?ところで君は競馬に興味はありますか?」
「けけ競馬ですか…」
「昔ちょっとかじった事があります ナリタブライアンの頃」
「そうですかそれならちょうどいい 君は今日が何の日か分かりますか」
「えっ!まさか」
「そのまさかです 年に一度のドリームレース 有馬記念の日です」
「ここから距離にして12キロちょうどこの湾の反対側にウインズがあります」
「まさかそこの馬券を買いに行くんですか?」
ゴンさんは黙って頷いた
「えーっちょっと待って下さいよ12キロかあ~」
「馬券は皆の分預かってます」
「皆の?」
「そうですホームレスだからって いやホームレスだからこそ息抜きが必要なんです」
「その~あのう~」
「報酬ですか?誰かが当たれば一割それは山分け 当たらなくても昼飯は私が驕ってあげますよ」
「いきます~いきます~」

 ボク達は東へ向かってテクテクと歩き始めた
歩きながら新聞で研究をした ゴンさんが言う所に寄ると 人間は歩きながらものを考えるのが一番いいらしいゴンさんは昨年の有馬記念もこうやってあてたというのである
「そのお金で一年間どうにか暮らす事ができました 80万ちょっとあったからね ウフフ」
「えーっすげ~~ それで今年は何が入るんですか?」
ゴンさんはにやにや笑って自分の頭を指差した つまり自分で考えろという事か よしボクだってイングランデーレの20万馬券を500円とった事もあるんだ そう思って真剣に馬柱表を睨みこむ
今年は牝馬ダイワスカーレットが一番人気でマツリダゴッホ スクリーンヒーローと続いている
ぶつぶつ呟きながら歩いているうちに いつの間にかK町に着いた
「腹ごしらえと行きますか」ラーメン屋の暖簾の前でゴンさんが言った
「何か気になる馬がありますか?」ラーメンをすすりながらゴンさんが言った
「ええ うち枠の横山と藤田の馬 あの当時も藤田や横山にはさんざん煮え湯を飲まされましたからね」
「ホホウ!なかなか鋭いですね 外枠に先行馬がそろっているから自然ペースは速くなる内で足を溜める
差し馬は怖いですね」新聞を眺めながらゴンさんは独り言のように呟く

 海に面したウインズはまるでお祭りのように人でごった返していた
「私はちょつと頼まれた券を買ったきます 君も考えがまとまったら自分の分を買って下さい
では買い終わったらここでまた落ち合いましょう」
そういってゴンさんは人波に消えた さんざん悩んだ末にボクは横山藤田ペリエ3連複で500円買った 昼のラーメン代と思えば惜しくはない
しばらく待っているとゴンさんがやってきた
「君 武道は何かやってましたか?」
「はあ はあ柔道を少し」
「結構結構 昨年は大金を持って帰るのがひとりだったんでちょっぴり不安だったんです 今年も当たるとは限らないけれど もしあたっても君がいるから大丈夫だよね ハハハ」
そうしているうちにもファンファーレが鳴った
本命のダイワが筋書きどおりに1着でゴール 続いて最低人気のアドマイアが大外からぶっ飛んできた
場内にはどよめきが渦巻いた3着には6と11がほぼ並んではいった
皆がどよめいて手にした馬券を投げ捨てる中 ゴンさんが小さくガッツポーズをするのを見逃さなかった
じっと見つめるボクの視線を軽く受け流してゴンさんは歩き始めた
海の近くの自動販売機でホットコーヒーを二本買うと近くのベンチに腰を下ろした
「当たったんでしょう?」
「皆さんの馬券は外れてますよ」
「ゴンさんのは?」
「大きな声では言えませんが 一枚当たってます」
「さ 三連単ですか?」
写真判定がどう転んでも一着二着固定のそう流しだから 当たってます」
「まマママジッすか…」
「ただしこれは私の私的な馬券なので君には一割上げられません」
「えーっそんな…」
「ただし黙っててくれると約束するなら口止め料として二万差し上げます」
「うーん…五万!」
「…じゃ中とって3万」

 第二夜
その日ボク等はJ駅そばのスーパー銭湯に入って帰った
湯船につかっているとホームレスになった事がウソのように思えてくる
暖かい家と家族が待っているようで現実から束の間の間でも逃避していたかったのだ
けれども風呂から出ると待ったなしのかなしい現実がそこにはあった
ボクは職なしのホームレスで家はH海浜公園なのだペラペラのブルーシートをはぐり中に入ると一気に心は滅入った
湿った寝袋に潜り込み目を閉じるとさんざん歩いて疲れていたのか深い眠りに落ちた
夢の中でボクはある工場の主任だった頃を思い出した
毎日毎日一番最後に中本課長と二人で工場の鍵を閉めて帰った
今から思えばあの頃は幸せだったのだろう
気がつくと夢を見ながら泣いていた 涙で枕代わりのザックが濡れていた
「今年も残すところあと三日…」苦し紛れに付けたラジオからよく通るジョッキーの声が響く
(来年はどうなるんだろう~)漠然とした不安がまた心の中にひっくり返したコーヒーのように暗いシミを作った




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