灰色のロバ

地球が宙に浮いていること 誰もがそれを忘れている それでも時折不安になる

散髪屋にて

モミアゲどうしますか?

短くして

ところであんたあれどうするつもり

あれ!?

ワクチン

いやまあ順番がくれば打とうかと

私の問に40前後の店主はハサミを使いながら答えた

やめときない  突然隣の椅子の顔剃りの終わった痩せた老人が怒った調子で吐き捨てるようにいった

私と店主は顔を見合わせた

店主は私の側面を刈りながら

実は私の妹も看護師なんですが、親に絶対打ったらいけんって言ってるんですよ

ほう看護婦さんが なんでやろ 私は疑問を口にした

わからないけど絶対ダメだと

それはつまりあれやろ

順番を待ってた恰幅の良い老人がスポーツ新聞を置いて立ち上がった

オリンピックのためやろ

オリンピック?

そうや全てはオリンピックのためなんやヨウキケヤ!

まず検査を増やして感染者をたくさん出す これでもかとテレビや新聞でながして恐怖を煽る 毎日毎日これでもかこれでもかと煽る ワクチンは到底全国民には足らないと急かす

皆鵜呑みにして何も考えずに我先にワクチンを打ちたがる かなり打ち終わったら自己責任ですよとだんだん声を大きくしてゆく

検査数を減らして感染者数も減らす

皆がワクチンを打ったので この国はもう安心です さあオリンピックを始めましょう 

メデタシ メデタシ   チャンチャン!!

それだけじゃすまんぞ  再び隣の席の男が吐き捨てるように言った

ワシは2回目も打ったんや、

どうしてくれるんや、このへんな感じはNHKは何も言わんやったんじゃ あん

友達は肺に水がたまって酷いことになっとる 皆で渡れば怖くないって  老人会も医者も国も打つまではもみ手でネコ撫で声でおいでおいでしたのに  打ち終わったら知らん顔じゃ  あん

それはなあ アンタが何も考えとらんからそうなるんじゃ

あとは死ぬだけよ

なんだとこの非国民が

非国民って馬鹿か!戦時中でもあるまいし

何を云う!

いまはなあコロナと戦っとるんぞ

立派な戦時中よ!

私と店主はその二人の老人の迫力に圧倒され押し黙って黙々と刈り、刈られを続けていた。

私はひそかに思っていた

やはり幼稚園の先生をしている娘に打たないようにとメールしよう

コロコロコロナ

と我知らず小さな声で呟いていた

それが聞こえたのか店主がひそかにウインクを返した二人の老人はまだ言い争っていた。