灰色のロバ

地球が宙に浮いていること 誰もがそれを忘れている それでも時折不安になる

その後

きれいね~
紅は水面をのぞき込んでそう呟く

水中に新宿副都心が揺らいでいる
くれない この情景を言葉で表現してごらん
紅は意味がわからずふわりと笑っている
そういえば昔ネットのなかに
木馬館って言うのがあったな
ハルは微かに思い出す
水溢の前のことだから
30年余り経っている
屈折して歪んだビル群の間を
カツオの群が通り過ぎてゆく

世の中の殆どの者が
洗い流されて
あとには鏡のような静寂だけが残った
今ははじまりの時
紅や日向のような
水溢後世代の時代だ
彼等はハルの話す
かっての繁栄の様子を
神話のようにうっとりと聞いている

何度も言うが世界はネットという
見えない糸で繋がっておっての
世界の端で起こったことは
情報となって世界中を駆け巡るんじゃ
そしてそこには木馬館というサイトがあっての
言葉を紡いで詩をつくる人たちが
毎日毎日詩を投稿していたんじゃ
懐かしいの~

爺もやりおったんか?
その し とか言う奴

そうよよくやったものよの
あの頃はこのほしも
人がようけおったからな
人と人との摩擦が文化となって
詩や絵や音楽やいろんなものを生み出すんじゃ

ほいなら今は駄目なんか?
ダメな事などありゃせんよ
喰うに困らんからな
こりゃ永い事待ち望んどった
天国や極楽かもしれんな
文化など本当は余計なもんかもしれんな
やがてワシ等のような水溢前を知る
生き残りが全部死に絶えたとき
新しい時代が産声をあげるのじゃろう

くれないにひゅうが喧嘩せんように
仲良く生きなさいよ
他はぜ~んぶ忘れていいけん
このことだけは忘れんようにな