灰色のロバ

地球が宙に浮いていること 誰もがそれを忘れている それでも時折不安になる

五億光年の彼方

ボクは車椅子に乗ったまま
放射線科の分厚い鉛の扉を出ると
7階の個室に戻る
うんざりするほどの薬を呑んで
二本目の点滴の間の二時間だけが
ボクに許された詩作の時間
体温計を脇に挟みながら
管の繋がってない右手で
キイボードを叩く
体重も50キロを割って
キーボードを叩くのもしんどい
それでも1字1字言葉を紡いでゆく
鎮静剤が効き始めるまでの
30分の間に詩の形を作り上げなければ

あるいはボクは
ニューヨークからストックホルムへ向かう
エアフランスの飛行機の中でキーボードを叩く
窓越しに見えるどす黒い大西洋に点在する光
あれはフェロー諸島だろうか
あの光のそれぞれに
人生があり愛があり涙があり笑があるのだ
横のブロンドのマダムの眠りを妨げぬよう
そっとキーボードを叩く
シェリー酒を口に含みながら
その甘さの中で詩の構成を考える

あるいはボクは
遊び疲れて寝てしまった
息子の夏休みの宿題をあれこれ考えている
明日からは予定があるので
なんとか今日中に終わらせたい
ペットボトルで作るロボットなんて
子どもの前では大見えを切ったけれど
本当に今日中に出来るのだろうか
さっきビールを呑まなければよかったな
なんだか眠たくなってきた
あっそうそうあのサイトにも
詩を書く予定だったのに

あるいはボクは
夜人気のない公園の植え込みの間で
シャベルで穴を掘っている
傍らにはシートに包まれた死体
根や石があってなかなか作業は進まない
汗ばかり出て涙は枯れてしまった
きっと元は同じ水分だから
こんなに汗が出ると涙は枯れるわけだ
いったい犬を埋めるのに
どれほどの深さがいるのだろう
それでもこいつは此処に埋めてやりたかった
元気な時何度も通ったこのお気に入りの場所に
これから先ここを通るたびに話しかけられるよう
ここに埋めたかったんだ
シャベルの手を休めスマホから
たった今心に浮かんだ言葉を詩に紡いで投稿する

あるいはボクは
目が覚めると棺の中だ
体温はなくて鼻にも口にも何か詰められてる
体も動かないし声も出せないけど
これは棺の中だそれは直感でわかる
白装束に足袋をはかされて
花の香りが充満している
きっともう死んでいるんだろう
ごとごと揺れているのは
霊柩車で焼き場へ向かっているからか
きっと妻や子供は泣いたんだろうな
この不思議な感覚を最後に詩にしたかったな
やがて焼き場について
窯の中に入るのか
色々あったけど
まあこんなものかな
やがて車は止まり
ドアが開けられ
長男や次男の声がする
ガラガラとストレッチャーで運ばれて
窯の中に入れられる

皆の衆 さらばだ~

五億光年の彼方で
またお会いしましょうぞ


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