灰色のロバ

地球が宙に浮いていること 誰もがそれを忘れている それでも時折不安になる

ウスバカゲロウと娘の泣き声


ゴンドラの唄   森繁久彌
 
 
向こうの部屋から
娘の泣き声が聞こえてくる
ヒクヒクヒクとしゃくりあげる様な声だ

開け放たれた玄関から
ふぁたふぁたふぁたと
異様な飛び方をする何かが
白いクロスの上を
じわじわと移動してくるのが見えた

トンボ?ガガンボ
形は似ているが
トンボほどの切れがなく
ガガンボほどには繊細でない
ふぁたふぁたふぁた
壁をに柔らかそうな頭を擦りつけて
ジグザグに繰り返す
その姿が禍々しい

ヒクヒクヒク

向こうの部屋からは
娘のしゃくりあげる様な
泣き声がする

娘は25になったばかり

朝早く家を出て
帰りはいつも九時すぎ
夕食を済ませると
持ち帰った仕事で
夜が明けるまで頑張る事もある

彼なんか作れる環境じゃないよ
笑顔を見る事もなくなった

娘は25女盛りのはずなのに

ちょっときて
かおるの様子が変なのよ
泣きじゃくる娘の背中をさすっていた妻が
不安な表情で足早にやってくる

私と言えばドキドキしながら
平静を装う

自律神経失調症だろう
懇談会も始まったし
後輩は皆辞めてしまったし
ストレスがたまってるんだろう

でもいつもと違うの震えて変なの…

顔を向けない私を
妻は不審に思ったのか

あなた何してるの
うんちょっとね
なに?
その気味悪いの
ウスバカゲロウさ
卵を産む前に捕まえて遠くに逃がさないと
大変な事になるんだ
大変なこと…

そうなの
それなら向こうの部屋にも
一匹いるわよ

よし捕まえた
ポリの袋で掴んだそれを
つぶさないように気をつけて
表の道路の街灯の下で解離した

その間も久彌の声は聞こえてくる
いのち短し 恋せよ少女
黒髪の色 褪せぬ間に
今日と言う日は
来ぬものを…

娘よ本当なら
今が一番いい年頃なのに


愛しい娘に何がしてやれるだろう

何もしてやれない

せめて蜻蛉を追い払う事くらいしか