灰色のロバ

地球が宙に浮いていること 誰もがそれを忘れている それでも時折不安になる

樋口のばあちゃん

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ボクは子供のころ
鉄筋4階建てのアパートに住んでいた
ちょうど高度成長の走りの頃で
世の中はものすごい音を立てて廻っていた

ボクはまだ年端のいかないガキで
よくやんちゃをして駄々をこねた
そしてまだ精悍だった父から
地下室の倉庫に閉じ込められた
ボクは重く冷たい鉄の扉を叩きながら
泣きじゃくった

そんな時
いつも助けてくれたのが
向かいに住んでいた樋口のばあちゃんだった
もうはんせいなさっとるから許してあげてつかあさい
ばあちゃんは生暖かい玉子豆腐の様な喋り方で
父親と掛け合ってくれた

ばあちゃんは猫をたくさん飼っていて
猫の通路の為板の橋を掛けていた
どんなに寒い冬の日でも小さな窓を開けていた

一度ばあちゃんが笑いながら呼びに来て
そっと押入れを開けて大事な宝を取りだすように
産まれたばかりの子猫を抱かせてくれた

母親が死んだ翌年
14歳のボクは郊外に引っ越した
ばあちゃんは白い割烹着姿で
モンブランのような笑顔で見送ってくれた
 
今でも思い出すあの笑顔
もう絶対に会えないけれど
それでもボクの心の中に
樋口のばあちゃんは生きている

こんな月の綺麗な秋の夜は
ボクもまた誰かの心の中に
生きてみたいとしみじみ思った