灰色のロバ

地球が宙に浮いていること 誰もがそれを忘れている それでも時折不安になる

コタツ

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夕食の後皆でコタツに入ってテレビをみる
それがその頃の茶の間の風景だった
「よし坊 よし坊 始まるよ 逃亡者が始まるよ」
姉の声だ
「うん…」
タツの暖かさに包まれてボクは睡魔とたたかっていた
母の声がする
「寝せときなさい、暴れ回って疲れとうとよ ほんと長男の癖に勉強ちゃいっちょもすらせんで 将来逃亡者のごと逃げて回るやろね この人は…」
バリバリと弟がせんべいを食べる音が…
(リチャードキンブル職業医師…)
テレビのナレーションが次第に遠のいてゆく



目の前のライン上を出来かけの車がゆっくり流れてゆく
自分に与えられたルーティンをきびきびとこなしながら
義光は昨日の人事課長の言葉を思い出していた
「期間の満了者は それで打ち切りとなります 更新はいたしません御苦労さまでした!」
大会議室を低い溜息ベースの音のように伝わった
例のサブプライム問題に端を発した世界同時不況で親会社の車は全く売れなくなった
これでついに失業したわけだ 皆顔が引き攣っている
家のローンは?息子の進学は?車のローンは?
予期していたこととはいえ様々な切迫事項が頭の中をランダムに回り始める
優しげな妻の顔が浮かぶ 言うに忍びない…
アメリカが アメリカが アメリカのバカたれが…」
誰かが突然大声で叫んだ
引き攣ったような笑い声が少し漏れた



「大丈夫ね?よしちゃん アメリカがどうしたんね?大きな声で寝言いいよったよ」
薄目を開けると母が顔を覗き込んでいる
その向こうに口を開けテレビに見とれてる弟のアホ顔
みかんをほおばっている姉のお下げの顔
「あーいま夢見よったー」
「怖い夢やろ!大声で叫びよったよ アメリカ アメリカって」
「うんなんかようわからんけど…大人になって働きよった」
「おかさんもよし坊も黙っとかんね 今いいとこやが!」
テレビの中ではサタンのような顔をした警部が主人公に銃を突き付ける
「キンブル、もう逃げられないぞ」
逃げられない その言葉を聞いてるうちにまた睡魔が襲ってきた


里見さん もう逃げられないぞ おとなしくドア開けて金返さんかい
ドアの向こうで取り立て屋のどなり声がする
「仕方がない夜逃げをしよう 今晩 車に必要なものを積んで出発しよう」
「夜逃げ…どうしてこんな事になっちやったんだろう」
身を屈め声をひそめて言葉を交わす
妻は蒼白な顔をして震えている
「もうサラ金からは借りれないし…借りれるところは全て借りたし この家にはいられない」
「子供達は大丈夫かしら 一体なんて言えばいいの…」
「生きていれば色んな事があるさ ここをなんとか乗り越えよう」
「うん」頷いた青白い妻の頬を涙が幾筋も伝った
一寸先は闇だった
今日から家族全員逃亡者になってしまった



ふいに体を揺すられた
「ばーか ヨダレが出とうが どうしたんね そんな怖い顔して」
薄目を開けると見慣れた姉の笑い顔があった
「あっ夜逃げは… ?」
「夜逃げ?ああ逃亡者の事ね もうとっくに終わったよ キンブルはまた逃げれたよ 」
「お母さんは?」
「ふとんしきようよ 茂は宿題 あんたもはよ時間割せなまた怒られるよ」
4年生のボクは寝ぼけた頭で立ち上がると
炊事場で渡辺のジュースの素をコップに入れて水道の蛇口をひねり一気に飲んだ 
口の中でメロン味の炭酸がジュワっと弾けた
「ふぁ~目が覚めるワイ これに限る」
「いつまで寝とるとね!宿題と時間割をせな あんたも将来逃げて回らないけんごとなるよ!」
母の小言を背にボクは時間割を始めた
先程の夢の事はすっかり忘れていた
それでも何故か「アメリカが悪~~いアメリカが悪~~い」
と変な替え歌が口を突いて出るのだった



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