灰色のロバ

地球が宙に浮いていること 誰もがそれを忘れている それでも時折不安になる

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蛇子はいつも心の中にする声に悩まされていた

それは例えば歩いているとき目の前に水溜りがあったとすると
「あれを避ければ良くない事が起きるぞ!」
心の中にそんな呟きが聞こえるのだ
気の弱い蛇子はズボズボと水溜りの中へ入ってしまう
こういうことは度々在って蛇子は周囲から変人扱いされていた
思えば蛇子の母もそうだったらしく、蛇子という気味の悪い名前も
蛇子を産んだ後、母親の心の中に一匹の白い蛇が現れて
「生まれた子に蛇子と名付けなければ良くない事が起きるぞ」
と心の声が脅迫するので仕方なくそう付けたらしいのだ
「ものは考えようや 蛇はな お金持ちのシンボルやんか今にごついお金持ちになりまっせ そん時は宜しくな!」などと蛇子が問い詰めるたびに言い訳をしていた母も三年前に亡くなった
橋の欄干から車ごと増水した川に落ちて死んだので、警察は事故で片付けたけれど、蛇子にはわかっている きっと今ハンドルを切らなければ蛇子が死ぬと心の声がしたのだ
母が死んで父や兄弟のいない蛇子には幾ばくかの保険金が入った
ごつい金額とは程遠かったが計らずも母は自分の冗談を自らの命と引き換えに実現したわけで、母の遺骨の前で泣きじゃくる蛇子にはその事が一層怖くて悲しかった

その保険金が振り込まれた日
テレビを見ていると被災地の犬や猫の事が取り上げられていた
そのときまた声がしたのだ
「あそこへお金を全部匿名で寄付しなければおまえは変な死に方をする」
母の残してくれたお金は惜しかったけれど心の声には逆らえなかった

思えば自分はずっと心の声に支配されてきた
これはこれで一種の病気かもしれないと蛇子は考えるようになった
病院へ行って相談してみよう いつ母のように命を奪われるか知れた物ではない するとまた声が聞こえるのだ
「病院なんか行ったらお前は末期癌だと宣告されるぞ」
気の弱い蛇子は結局心の声に従ってしまうのだった

色白でほっそりした蛇子はどちらかといえば美人の部類だった
35歳になるこれまでに付き合った男もいたし結婚を申し込まれた事も一度ならずあった
でもそのたびに この男と結婚すると不幸になると声がしてあきらめざるをえなかった
蛇子はもう諦めていた
幸い仕事だけは市の職員だったので何とか食べるのには困らなかった

きょうスーパーで買い物をして宝くじ売り場を通りかかったら沢山の人が並んでいた キャリーオーバー発生中ののぼりが何本も立っていた
宝くじなど生まれてこの方買った事も無い 私には関係ないと通り過ぎようとしたその時 いつもよりはっきりした声がしたのだ
「借りを返すぞ7を買え 番号は…」